人間の能力はいつがピークなのか

私事ですが、本日40歳になりました。

この日に書こうと思っていたことがあって、今日はそれを書いていきたいと思います。

テーマは、人間の老いと成長です。

生物としての老いと、種族としての成長は別説

一般的に40才と言えば、なんか年取ったねとかそんなイメージがあると思います。

肉体的にみればそうですよね。

体力は低下し、関節の変性がはじまったり、色々と衰えていくイメージです。

しかし本当にそうなのでしょうか?

自然の中で見た時や、他の動物だとそういう概念だと思いますが、人間には当てはまらないのではないかと思います。

例えば、生態系ピラミッドについてこういうことを言う人の方が多いのかもしれませんが

https://www.erca.go.jp/jfge/info/publicity/tayori/49/feature/interview01.html

人間は食物連鎖によって全ての生き物とつながっています。生態系の食物連鎖の中で生き、生かされているのです。人間は生態系ピラミッドの中で最も繁栄し、地球全体に大変な影響を及ぼしています。

しかし個人的にはこちらの考え方を支持します。

https://55096962.at.webry.info/201702/article_23.html

むかーし学校の授業で習ったときはそれで特に疑問も感じていなかったのだが、最近考え直してみてフト気が付いた。

人間って、実は動物の最下層(一次消費者)じゃねえ? と。

画像

※図は以下のページからの拝借
http://watashinomori.jp/study/basic_03-3.html

一般的に、生態ピラミッドは上位ほど数が少なくなる。自分より下層にいる階級を食べつくしてしまったら滅びるしかないので、下層の生物以上に増えることが出来ないからである。しかし人間は無限増殖に近い増え方をしている。ということは、食物連鎖のトップでは有り得ない。この増え方は、食物連鎖のピラミッドの中で下の方に位置するからこそ出来る。そして気が付いた。…そもそも人間って、主食は植物じゃん! と。

人間が文明やコミュニケーションの能力と手段を持たない場合、生態系の中では下の方だと思われます。

これをちょっと乱雑に言い換えてみます。

言葉と脳みそ以外は優秀じゃない生き物、それが人間

ってことなんじゃないかと思うんですよね。

つまり、一般的な生物としての肉体的強度自体は、人間という生物自体のピークとは異なるのではないかという事です。

では、人間のピークっていつよって話です。

そこで出てくるのが、みんな大好き論語です。

士曰く、あれとこれとそれと

https://www.kanken.or.jp/kanken/trivia/category04/170904.html

こちらから持ってきますが、

という感じです。

他にも、故事成語がたくさんあるので、こちらのまとめからが便利に閲覧できます。

https://www.weblio.jp/phrase/%E8%AB%96%E8%AA%9E_1

論語のもとになる、いい事を言いまくっている孔子は74才でなくなっているため、ここで終わっているのですが、実質ここで人は完成していると思うのです。

今私は40歳になったので、ちょうど大人になる折り返し地点って感じです。

特にこの中で面白いのが、40歳までと50歳の対比で、それまでは完全自分軸だったものが、50歳になると、自分を客観的に見てどのようなことをすべき人間かがわかったという転換点です。

ちょっと世界平均を調べるのがかったるかったので日本だけですが、

http://www.ritsumei.ac.jp/~satokei/sociallaw/compulsoryretirement.html

明治大正まで日本人の平均寿命は43歳前後で、終戦後から一気に伸びてきました。

1970年代で70才を突破、現在は80台に突入していますよね。

要は、70才以上で元気でいる世代というのは、今の団塊の世代とその少し上が初めてで、今の40歳前後の世代は親世代が一人前の人間になったことを確認できた最初の世代だと思われます。

つっても思想家の話でしょ?って思う人もいるかもしれませんので、脳科学の方でも見てみましょう。

語彙力のピークは何と!

https://www.adeccogroup.jp/power-of-work/132

人間の語彙力はなんと67才でした。

脳みそ、言葉を操るという人間最大の特性はそこで完成する模様です。

つまり、最大の売りが脳みそである人間の成長期は70歳くらいまで続くという事が言えるのではないでしょうか。

ただし、

人は、自分の興味がある分野には集中力を発揮できるものなので、年齢によって対応を変える必要はないでしょう。ただし、やる気という側面から見た場合は工夫が必要かもしれません。

やる気に関わる脳内の線条体という場所が、加齢によって発火しづらくなります。発火させるためには、快感という報酬が必要です。人から感謝されたり、世の中から認められたりといった報酬が得られることで、シニアの線条体が活発に発火する。すなわちやる気のスイッチをオンにするような環境づくりは必要かもしれません。

とあるように、モチベーションの維持が成長を妨げる要因と言えそうなので、日本特有の不景気や、人をほめるより減点する性質は成長の妨げになりそうです。

興味がある分野であるほど成長にはよさそうなので、若いころは下働きで…という働き方は、実は人間にあって居たっぽいです。

また、認知機能低下を防ぐために必要なものとして、

2019年5月に発表された世界保健機関(WHO)の見解によれば、「有酸素運動や筋トレなどの運動」と「禁煙」が推奨されています。また、健康的な食習慣や脳トレ、肥満や高脂血症、高血圧、糖尿病の防止も効果を認めています。

つまり、知力を維持する習慣は、生活習慣病の防止のための習慣とほぼ共通しています。認知症とは、流動性知能の低下と考えられます。発症してからも働いていくことはできますが、シニアになっても元気に働き続けるためには、少しでも認知機能低下予防を意識した生活に努めてほしいですね。

とのことなので、ちょっとやせようと思います。

でも老害っていうじゃない?

投資界隈は若くて稼ぎまくってる人が多くてうらやましいですが、割と年長者のあれこれを老害的なあれとして忌避する傾向もあるように思います。

でも実は年齢って害としてはそんなに関係ないんですよね。

年長者ぶってなんか言ってくる人は、若さにコンプレックスがあり、社会経験マウントとってくる人は、自分の社会経験しか人に誇れるものがなく、みたいなことは考えることはなくて、単に自分のコミュニケーションのレンジが狭い人が、その自覚なく人と付き合っているだけなので、同い年にも年上にも年下にも、人に害を与える人はいます。

たまたま年齢を武器に殴ってきてるだけです。

あとは平均寿命のところで書いたように、まだ人類は大人になった人が歴史上少ないので、ただのお子様なのかもしれません。

 

 

承認欲求をどう満たすか?

40歳以降はモチベーションの維持には快感という報酬が必要なようです。

つまり承認欲求を満たす必要があります

この承認欲求をどう満たすかというのが、今後の成長において最重要課題になるのですが、どうやって満たせばよいのでしょうか?

当然ながら、褒めて~って言って回っているオジサンを無条件でほめてくれる人はいません。

受け入れ態勢だけは万全

いくつか考えてみたのですが、

・素直にありがとうと言える人になろう

・人に感謝をされる能力を示そう(それをどやるのは止めよう)

・減点主義をやめよう

・いいものはいいと言える人になろう

・ほめ上手になろう

この辺りが出来ていれば、勝手にほめてくれるのではないかと思います。

逆に、

・感情的に絡む

・醜態をさらす(酒乱含む)

・人を見下す、減点主義

・陰口を叩く

・好き嫌いで意見を曲げる

。過度のほしがり

は承認欲求を満たしにくく、したがって自分が成長しないもとになるかもしれません。

また、似たようなもので、社交辞令というものがあります。

これは自分が気持ちよくなったりその場で嫌な思いをしない為だけに発生しがちなものなので、これも気を付けたいものです。

社交辞令について本気で書くともう一記事分くらいに膨らむので割愛します。

語彙力って読書量だけじゃないよ

語彙力について話すときに、読書量とか知識量とかを問題にする人もいますが、それだけではありません。

自分が考えて感じてきたものや、蓄えて来たものの総和と知識の掛け算が語彙力だと思います。

雄弁でも中身スカスカの人もいますし、一言で万金の価値がある事を言う人もいます。

それを磨きましょう。

肉体的にはいろいろ問題が出てくるかもしれませんし、世の中もそんなに日本は幸福度は高いとは言えません。

しかし、自分を成長させて、周りからも褒めてもらえるだけで、毎日が楽しくなるかもしれませんし、最終的には自分のご機嫌を好き勝手自分で取れるようになっていったら、結果しあわせなのではないか、そう思います。

思いませんか?

 

 

ブログランキングに参加しております。面白かったらぽちっとお願いします。
 にほんブログ村 為替ブログへ